インプラント治療が失敗する原因には、治療を担当する歯科医師の技術や経験、医院の設備に関わる問題もありますが、患者様ご自身の生活習慣も大きく関係します。その中でもインプラントに悪影響を及ぼすとされているのがタバコの喫煙です。
今回は、インプラントにタバコが及ぼす影響について解説します。
タバコが与える歯への悪影響とは?
喫煙により、口腔内には歯を含め様々なトラブルが起こりますが、その原因はどのようなものなのでしょうか?
<歯周病>
歯周病とは、歯の周りの歯茎や歯茎の中にある顎の骨が溶けてしまう病気です。
進行には程度があり、重度に進行した場合は(歯槽膿漏とも呼ばれます)、歯の支えを失ってしまうので歯がぐらぐらになったり抜け落ちてしまいます。
歯周病で骨が溶けてしまう仕組みは
まずは歯周ポケットに歯周病菌が侵入します。歯周病菌が歯周ポケット内に侵入すると、人体に対し有害なものと判断されます。
生体は有害なものが入ってきたというシグナルを発信し、それに応じて有害なものを攻撃する免疫担当細胞が血流にのって運ばれてきます。
免疫細胞は歯周病菌を攻撃することで、さらに生体内の深くに侵入することを防ぎます。この免疫応答の結果、歯茎が赤くなったり、腫れたり、出血したり疼いたりします。(自覚症状が発生する)
歯周病菌が免疫細胞よりも優位に活動した場合は、さらに歯周ポケットの深くまで炎症が及びます。歯周ポケットの奥に存在する顎の骨にまで到達してしまいますと、骨が溶けてしまいます。
喫煙者では
タバコに含まれるニコチンの血管収縮作用により、歯茎や顎の骨の内部の血流が悪くなります。
血流が悪くなると免疫細胞が歯周病菌の存在するエリアに到達しにくくなります。免疫応答の機能が十分に働きませんので、歯周病菌が活発に活動します。
さらに、免疫応答が弱いことで自覚症状も出にくくなりますので、歯科医院への受診も遅れてしまいます。
歯周病菌は免疫細胞よりも優位に活動し、歯周ポケット内でさらに深いエリアで増殖し、顎の骨に到達しやすくなってしまいます。
<口臭>
喫煙により、独特のニコチンやタールの臭いがします。
さらに前述の歯周病の悪化とともに、歯周病の臭いと合わさって悪臭となります。
<歯の着色>
タバコに含まれるタール(ヤニ)が歯の表面に付着します。タールは粘着性が高いので、歯の表面に付着すると落とすのが困難になってしまいます。
タールの表面にはその他飲食したもの由来の汚れも付着してしまいますので黄ばみがさらに黒ずんでいってしまいます。
また、タバコに含まれるニコチンの作用で唾液の分泌量が減少してしまいますので、自浄作用(汚れを自然に洗い流す力)が働きにくくなっています。
<歯茎の変色>
タバコに含まれるタール成分が歯茎のメラニン産生細胞を刺激することで、歯茎の粘膜にメラニンの沈着が起こります。
沈着したメラニンによって歯茎が黒ずんで見えます。
<がん>
喫煙は身体のがんのリスクとなることは広く知られていますが、身体のがんのリスクだけではなく、口腔粘膜のがん、舌がん、咽頭がんのリスクが高まります。
タバコが与えるインプラント治療への悪影響とは?
まず、タバコを吸っているとインプラントはできないのか?
ということですが、様々な研究や論文があります。データの偏りや成功率や生存率という言葉の定義の違いによって様々な見解があります。
それらを解釈すると、
・インプラント治療は、85-95%程度うまくいくが、喫煙により、5-10%程度失敗するリスクが増加する。
つまり、インプラント治療は非喫煙者の方が経過が良い。
ということになります。
では、なぜタバコがインプラント治療に悪影響を及ぼすのでしょうか。その原因として以下のことが考えられます。
<治療中に与える影響>
・タバコはインプラントの骨結合を妨げます
インプラント体(人工歯根)はチタンやチタン合金で作られています。チタンやチタン合金が顎の骨と強固に結合することで、咬合力に耐える人工歯を支えることができます。手術時には顎の骨の形を削って整え、インプラント体を骨内に埋入(埋め込み)します。
この時点ではインプラント体は機械的に骨にかみこんでいるだけで、骨芽細胞(骨を作る細胞)がチタンと結合しているわけではありません。細胞レベルでの化学的なインプラント体と骨の結合をオッセオインテグレーション:骨結合と呼びます。
一般的に骨結合が得られるまで、下顎3ヶ月・上顎4ヶ月といわれています。この数ヶ月の間に骨芽細胞が血流に乗ってインプラント周囲にやってきます。
タバコに含まれるニコチンの血管収縮作用により骨芽細胞の遊走(インプラント周囲にやってくること)の程度が低くなると考えられます。
・タバコは粘膜の治癒能力を低下させます
インプラントの埋入手術の際には、骨に触れる前に周囲の歯茎や粘膜を切開することが多くあります。埋入後には感染を防ぎ、歯茎の形態を整えるために丁寧に縫合します。
縫合した歯肉の修復を担うのは線維芽細胞という細胞ですが、数週間かけて傷ついた歯肉が治癒します。
タバコに含まれるニコチンにより線維芽細胞は傷害され、血管収縮作用により修復部に集結しにくくなります。
<治療が終わってから与える影響>
・タバコはインプラント周囲炎の感染リスクを高めます
インプラント手術の数か月後には、インプラント周囲に顎の骨が結合し、その周りに歯肉が付着しています。このように一度は成功したインプラント治療でも周囲の歯肉に歯周病菌が蓄積してしまいますと、歯周病と同様のメカニズムで炎症が発生してしまいます。
初期はインプラント周囲粘膜炎と呼びます。初期であれば、丁寧なブラッシングとプロフェッショナルケア(歯科医院での処置)で改善します。
しかし、インプラントでもやはり天然の歯と同じように、深くまで炎症が達すると骨が溶けてしまいます。この状態をインプラント周囲炎と呼びます。
喫煙により歯肉の免疫力が低下した状態であれば、その危険性は増してしまいます。さらに、インプラント周囲の骨と歯肉には、天然歯よりも防御機構が弱くなっておりますので、急速に進行する場合も多くみられます。
・タバコは歯周病を引き起こします
もちろん歯周病の進行の見られる患者様の場合は、インプラント治療に歯周病の治療を行いますが、治療後に再度歯周病が悪化してしまうこともございます。
前述のように喫煙により歯周病のリスクが増しますと、同じ環境にさらされているインプラントにも影響が及びます。
インプラント治療のご相談は「加賀美歯科」へ
このようにタバコの悪影響により、インプラントの埋入手術後に歯茎や粘膜の治癒が遅くなってしまったり、数ヶ月後に得られるはずの骨結合が得られなかったりする可能性は増してしまいます。
さらに、治療がうまくいったとしても何年か経過したあとに、インプラント周囲炎が起こり、脱落・撤去(インプラント体を抜くこと)を招く可能性も増してしまいます。
理想的にはインプラント治療を機に「禁煙」をされることを勧めております。
インプラントを含めた口腔内の疾患のリスクに加え、全身的な影響、受動喫煙によるご家族への影響もふまえると禁煙のメリットは多くあります。
では、喫煙者はインプラント治療ができないのでしょうか?
そして私たち歯科医師は、喫煙される患者様がインプラント治療をご希望されているときにどう向き合えば良いのでしょうか?
このことについては歯科医院や歯科医師によって考え方が分かれると思います。
当院では、
喫煙される患者様でもインプラント治療を受ける権利を尊重します。
治療計画を決定する際にはトラブルのリスクが増す可能性をご理解いただきます。
その上で治療を受けるか、避けるか、禁煙されるかをお選びいただけます。
ただし、喫煙の程度とインプラント手術の術式にもよりますが
最低限、埋入手術2週間前~埋入手術2週間の禁煙はお願いしております。